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長野地方裁判所 昭和48年(行ウ)1号 判決 1973年5月04日

原告 松山商事こと小林敏夫

被告 松本市長

主文

本件請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

被告が昭和四八年二月二〇日原告に対してなした松本市市民会館使用許可取消処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

第二、請求の原因

一、原告は被告より昭和四八年二月一五日、松本市市民会館を同年五月五日に使用する旨の許可を得た。

二、しかるに被告は同年二月二〇日、右使用許可を取り消す旨の処分をした。

三、右取消処分は違法であるから、原告はその取消しを求めるため本訴に及んだ。

第三、本案前の答弁

原告は市民会館の利用に関する被告の処分について取消しを求めているが、地方自治法第二四四条の四および同法第二五六条の規定に基づきまず県知事に対する審査請求を行ない、これに対する決定を経た後でなければ訴えを提起することができない。しかるに、原告は右審査請求をしていないから、本訴提起は不適法である。

第四、本案前の答弁に対する原告の反論

原告が被告主張の審査請求をしないで直接本訴を提起したことは認める。しかしながら審査請求に対する決定は相当の日時を要するところ、これを待つていたのでは本件事案の性質上時期を失してしまうので、本件取消処分の執行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要あるときに該当する。

第五、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第六、請求の原因に対する答弁

請求の原因一、二の事実を認める。

第七、抗弁

一、松本市市民会館は松本市市民会館条例(昭和三四年一〇月三日松本市条例第一一号)により市民の福祉増進と文化の向上を図ることを目的として設置されたものであつて、同会館の使用については右条例第三条により市長の許可が必要とされ、市長は「公益又は公安を害し、風俗を乱す虞があると認められるとき」その他一定の事由があるときは同条例第四条により右許可をすることができず、また右事由があるときは同条例第五条により一旦なした許可を取り消すことができるものとされている。

二、原告による本件市民会館使用の目的は美空ひばり他一行六〇名の歌謡シヨーであつて、右一行の内には美空ひばりの実弟加藤哲也が含まれている。

三、ところで、新聞、週刊誌、テレビ等の報道によると、右加藤哲也は過去に暴力団に関係し、刑事事件を起しており、また現在も組織暴力団に関係を持つているといわれ、昭和四八年三月五日には賭博開帳図利容疑で逮捕されており、加藤が出演する興行を許可することは、暴力団を利することになるばかりでなく、組織暴力追放の世論に反することになる。

四、したがつて、被告は本件市民会館の使用は前記条例第四条にいわゆる「公安を害する虞があると認められるとき」に該当するとの判断のもとに前記使用許可を取り消す旨の処分をしたものであつて、右処分に何らの違法はない。

第八、抗弁に対する答弁および主張

抗弁一、二の各事実を認める。同三の事実を否認する。

加藤哲也はいわゆる暴力団に関係はなく、また、一タレントとして舞台で歌うものである以上、それによつて公安を害するということは考えられない。

第九、証拠<省略>

理由

一、(本案前の答弁についての判断)原告が本訴を提起するに先立つて地方自治法第二四四条の四に規定する県知事に対する審査請求をしていないことは当事者間に争いがないので、これを認めることができる。しかし本訴は今年五月五日の使用許可に関するものであり、審査請求を経た場合に相当の日時を要する結果、右期日を徒過するおそれは多分に認められるので、本訴提起は本件取消処分の執行により著しい損害を避けるため緊急の必要あるときに該当するものとして適法である。そこですゝんで請求の当否について判断する。

二、原告が被告より昭和四八年二月一五日に、松本市市民会館を同年五月五日に使用することの許可を得たこと、その後被告は同月二〇日に右許可を取り消す旨の処分をしたこと、松本市市民会館は松本市市民会館条例(昭和三四年一〇月三日松本市条例第一一号)により市民の福祉増進と文化の向上を図ることを目的として設置されたものであつて、同会館の使用については右条例第三条により市長の許可が必要とされ、市長は「公益又は公安を害し、風俗を乱す虞があると認められるとき」その他一定の事由があるときは同条例第四条により右許可をすることができず、また、右事由があるときは同条例第五条により一旦なした許可を取り消すことができるものとされていること、原告による本件市民会館使用の目的は美空ひばり他一行六〇名の歌謡シヨーであつて、右一行の内には美空ひばりの実弟加藤哲也が含まれていることはいずれも当事者間に争いがない。

三、(1)証人山田暢の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告はジヤパントレード・プロダクシヨンから本件美空ひばりの歌謡シヨーの興行権を三五〇万円で買い取つたものであり、加藤哲也に対する出演料もその内に含まれていることが認められ、右認定に反する証拠はない。(2)証人横内保房の証言(第一回)により真正に成立したと認める乙第九号証の二四、証人山田暢の証言、原告本人尋問の結果によれば加藤哲也は本件歌謡シヨーにおいて美空ひばりに次ぐ主たる出演者であると認められ、右認定に反する証拠はない。(3)成立に争いのない乙第一七号証、証人横内保房の証言(第一回)により真正に成立したと認める乙第九号証の二〇、二一によれば益田組は広域暴力団山口組系の組織で数十人の構成員を擁し、土建業などを行なう一方で組長はじめその構成員によつて賭博、傷害、恐喝等の犯罪がくりかえされていることが認められ、右認定に反する証拠はない。(4)成立に争いのない乙第一二号証、同第一四号証、証人横内保房の証言(第一回)により真正に成立したと認める乙第九号証の一三、同号証の二〇によれば、加藤哲也は昭和三〇年代から益田組と接触を持ち、昭和四六年、四七年当時には益田組の幹部である舎弟頭の肩書を用いて山口組関係者の葬儀委員をつとめるなどしていることが認められ、右認定に反する甲第四号証は信用性にとぼしく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

四、ところで、被告は本件市民会館の使用は前記条例にいわゆる「公安を害する虞があると認められるとき」に該当すると主張するのであるが、公安を害するとは社会の人々の生命・身体・財産の安全が損われることであつて、前記条例においては市民会館の使用によつてこれら法益に対する侵害行為が惹起される場合に限られず、そのような侵害行為をなすことが明らかな組織に利益を与えることによつて右侵害行為を助長させる場合も含むと解される。もとより市民会館のような公の施設の設置運営は国民あるいは市民に対し会場設備等の役務の提供を目的とするものであるから、右目的の範囲を越えて公共団体が個人や各種団体の社会的活動に介入することがあつてはならないことはいうまでもなく、その意味で前記のような侵害行為をなすことが明らかな組織であるとの判断は厳格になされるべきであるが、本件における益田組についてみるに、前記認定の事実よりすれば、ある程度の経済事業を行ないつつも常習的集団的に他人の生命身体財産に対する侵害行為をなすことによつて利益を得ることの多い組織であつて、社会的に正当な目的を有する組織がその活動を遂行するうえで付随的派生的に右のような侵害行為を惹起する場合とは本質的に異なるものと認められるのであるから、これをもつて、他人の生命身体財産に対する侵害行為をなすことが明らかな組織であるというを妨げない。

次に本件市民会館の使用が右益田組に利益を与え、もしくはそのおそれがあると認められるか否かについて検討するに、前記認定にかかる益田組における加藤の地位、役割、本件催物における同人の地位、役割および本件催物の財政的規模等を総合すれば、単に益田組の末端組織員が目立たない形で催物に参加するというにすぎない場合と異なり、加藤が本件催物に出演することによつて同人が受ける利益が益田組の経済的基盤を強めると共に名を博めることによつて同組織の維持発展に寄与する可能性は充分に考えられる。したがつて、本件使用により公安を害するおそれについてはこれを肯定することができるので、本件許可取消処分は適法である。

原告は加藤哲也について暴力団との関係を否定するが、これを肯定すべきものであることは前記認定のとおりであり、また一タレントとして舞台で歌うものである以上それによつて公安を害するということは考えられない旨主張するが、公安を害するということの意義はさきに説明したとおりであつて、本件における具体的諸事情のもとでそのおそれがあることは前記認定のとおりである。したがつて、原告の主張は採用できない。

五、以上のように原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野本三千雄 平湯真人 田村洋三)

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